またまた「えらそうに」思うことを書いてみようと思う。

 

 

 

 いつのころからか、「日本仕様」携帯電話に対して「ガラパゴス携帯」とか「ガラ携」とか言ってる「知識人」が増えてきました。

 

 

 

 「彼ら」のいうことには、「世界中探しても日本でしか存在しない機能を持った携帯電話」だから。ガラパゴス諸島で独自進化した動物のようなもの。という意味合いのよう。

 

 

 

 どうやら、「世界基準でない」と言いたいようである。

 

 

 

 そもそも世界基準とは...と考えると、「世界中で一般的に採用されている仕様」ということになるのだが、それは決して「ココにしか存在しないもの」とは相反するものではないはずだ。

 

 

 

 そもそも日本の場合は、携帯電話を、『「使用者個人の特定が可能な端末」と捉えた場合にどんなサービスが展開できるか』の発想からスタートしてキャリア各社が機能を積み上げてきたものだ。

 

 

 

 仕向け先で求められるものや受け入れられやすいものが取り入れられるわけだから、日本独自の機能が強化されて当然なのだ。

 

 

 

 日本市場は、「端末で実現可能な機能の先行実験場」とでも言えるくらいの状況だった。

 

 

 

 惜しむらくは、それを「標準化できなかった」ことだろう。

 

 

 

 よく考えてみれば、いま「スマートフォン」と呼ばれている機種が投入され始めたころ、「携帯電話では可能」だったが、「スマートフォンでは使用不可能」だったサービスがどれだけあったことか。投入後、後追いで(むりやり)対応した機能のどれだけ多かったことか。

 

 

 

 そもそも、スマートフォンの投入される以前に、すでに携帯電話の多くは「すでに(高機能な)スマートフォンだった」ともいえるのだからこれは当然である。 (不思議なことに、逆にスマートフォンだけにある機能が見当たらないような...)

 

 

 

 例を挙げれば、電話帳(住所録)、カメラ(静止画&動画撮影)、メール、音楽再生、ファイル閲覧(PDF、ワードなどいろいろ)、インターネット 接続、GPS機能(&地図連携)、赤外線通信、無線LAN接続、ブルートゥース機器対応、ICカード(決済)機能などなど。機能だけならそれほど違いがあ るわけではなかった。タッチパネルも投入されていたしね。

 

 

 

 実際、日本以外では(=世界的には)、「日本ですでに投入されている機能と似たような機能」が日本よりあとから標準化される傾向にあるように見え る。(自分の場合は機器そのものの開発はほとんどタッチしていないので、参考として関連書籍を斜め読みした程度の情報だけど) ※標準仕様については調べ てね。

 

 

 

 それを、なぜ卑下したかのように「ガラパゴス」の冠をつける必要があろうか。むしろ世界に誇るべきだと思う。「俺たちについて来い」位に。自虐的な表現をする理由はどこにも無いではないか。(まさか日本に参入できずにいるメーカーから...(以下自粛))

 

 

 

 今後、どのように機種再編されてゆくかはわからないが、スマートフォンではない「携帯電話」をもっと大事にしてゆきたいと思うこのごろである。

 

 

 

※意見には個人差があります。さらに、ここに書いたことが物事のすべてではないことにもご注意ください。